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2009_10
24
(Sat)23:59

ありがとうノムさん

10月24日、札幌ドームで行われたCS第2ステージ第4戦。
東北楽天ゴールデンイーグルスは、4-9で日本ハムファイターズに負け、
今シーズンが終了しました。

同時に、この試合が野村克也監督にとって最後の試合に。
南海、ヤクルト、阪神、そして楽天と、プロでの監督生活は24年間。
監督通算1565勝1563敗76分け。
ここまでの生涯成績は2勝の勝ち越しとなりました。


試合後、ノムさんは両チームのナイン・コーチに胴上げされました。
ノムさん胴上げの写真その1その2その3その4




10/24、最後の試合を、宿舎出発から宿舎帰還まで時系列で追った密着レポ。
ノムさん、楽天ナインにお別れ/密着リポ(日刊スポーツ10月24日付)

ノムさん22分間最後のボヤキ…全文(日刊スポーツ10月25日付)

ノムさん、試合後宿舎で最後のミーティング(サンスポ10月25日付)
「このヘボ監督を4年間、恥もかかさずにやらせてもらえて、厚く御礼申し上げます。
いずれ頂点に立ってください。チームは一歩ずついい方向に向かっている。
熱い応援をしてくれる仙台のファンの期待に応えてください」



試合後の選手達のコメントをいくつか。

岩隈投手
>あふれる涙が止まらなかった。梨田監督のインタビュー中、岩隈は手で何度も目をぬぐった。
「本当に悔しいですね。僕があの場面さえ抑えていれば、何とかなったかも。
本気で日本一を目指してやってきたので悔しい。
監督とは4年間一緒にやって本当に良かったと思います」

岩隈さんは、4-6の8回裏2死二、三塁の場面で志願してマウンドに上がりました。
10/22の第2戦で8回125球を投げ、わずか中1日。
リリーフ登板したのはプロ初登板だった8年前の1回だけ。これがプロ野球人生2度目。
打者スレッジに対し、野村監督の指示は「敬遠」。
しかし「勝負させてください」と自ら直訴して真剣勝負を挑みましたが、
2球目145km/hの内角直球を打たれ、スリーランホームランに。

山崎武司選手
「ちょっと今何も考えられない」
>声を詰まらせた後、無念の表情を浮かべた。
「最後に監督の期待に応えられずに申し訳なかった。1日でも長く監督と野球をやりたかった」
「野球を1度挫折したけど、楽天でもう1回野球をやらせてもらった。
監督には一から、弱いイーグルスを強くしてもらった。悔しい気持ちも教えてもらった。
決戦に連れていってもらったのも監督のおかげです」

来月41歳になる山崎武司選手は、5年前にオリックスを戦力外になり楽天イーグルスに移籍。
「配球を読んでヤマを張れ」との野村監督の指導で、2007年に本塁打王・打点王を獲得。
「野村再生工場」の最高傑作の一人と言えるでしょう。
仙台でのCS第1ステージでは、2試合連続ホームランで大活躍しましたが、
札幌でのCS第2ステージでは大不振。
チャンスで度々凡退し、CSの打率は.235でした。 
ノムさんのおかげです…岩隈&山崎武涙のお別れ(スポニチ10月25日付)

マー君
「勝利を願ってブルペンにいましたけど…。
日本シリーズに行って、少しでも長く監督と試合をしたかったという思いです」
>この日はベンチ入りする予定はなかったが、練習中に「僕もいけます」とベンチ入りを志願。
>そして試合中盤から岩隈と並んで投球練習を行った。
>勝ち越した場合には登板するはずだったが“ストッパー・マー君”は幻に終わった。
「厳しいことをたくさん言ってもらったし、そういう言葉で“何くそ、見返してやる!”って頑張れた。
監督の愛情だと思います」
「監督に言われたことを忘れずに来年も頑張りたい」

ノムさんにとって最後のウインニングボールは、
前日の10/23、9回2失点完投勝利した「神の子」マー君から手渡されました……。
“神の子”マー君「監督の愛情で」頑張れた(スポニチ10月25日付)

●息子の野村克則バッテリーコーチ
「終わりはいつか来るもの。でも、凄くいいチームになった。監督がつくってきたという証だと思う」
「監督には(選手と)一緒に怒られながらやってきた。
1人の捕手を育てるのは難しい。学んだことは多かった」
「(息子としては)ご苦労さま、としか言いようがない」

カツノリコーチ 息子としては「ご苦労さま」(スポニチ10月25日付)

●ノムさん胴上げに率先して加わった日ハムの稲葉選手
>ヤクルト時代の恩師が、楽天ナインに囲まれている様子を少し離れたところでみていたら、
>山崎武から「来いよ」と誘われた。
>「(プロ入り後)野村監督に育ててもらった」と感謝する稲葉は喜んで参加。
>野村監督からは「ありがとな」と声をかけられたという。
「もし講演とかがあれば、聞きに行くつもりです」
「何とか足に触れました。監督にはこれからもどこかで見ていていただけたら」

ユニホーム脱いでも変わらぬ“師弟関係”(サンスポ10月25日付)

●社会人・シダックス時代の教え子、日ハムの武田勝投手
「今後ともよろしくお願いしますという気持ち。
またユニホームを着る機会があったらぜひ続けてほしい」

吉井コーチが梨田監督が稲葉が武田勝が…(スポーツニッポン10月25日付)

●真っ先に野村監督に駆け寄り抱きついた日ハムの吉井投手コーチ(ヤクルト時代の教え子)
「複雑ですね。これでユニホームを着るのは最後かもしれないし。
できれば一緒にやりたかった。残念というか惜しいというか、もっとやって欲しかった」


日ハムの梨田監督
「この場面は野村さんならどうするかとか、自分なりに勉強させてもらった。
(退団は)すごい寂しいです」としみじみ。
ノムさんからは「世話になったな。日本シリーズ、頑張ってくれよ! 見に行くからな」と声をかけられた。

ノムさんありがとう 味方も敵も感謝の胴上げ…パCS第2S(スポーツ報知10月25日付)


ノムさん50年の野球人生をまとめた記事をいくつか。

さらばプロ野球 波乱万丈 野村克也(時事ドットコム)
野球人、野村克也…危機感とハングリー精神(サンスポ10月24日付)
両軍胴上げ!ノムさん「野球屋冥利に尽きる」(スポニチ10月25日付)
【ノムさん4年間のつボヤキ傑作選】(サンスポ10月25日付)


劇的な敗戦、そして、試合後のノムさん胴上げ。
感動と虚脱感がおおきすぎて、なかなかブログが書けずに数日経ちました。
(これを書いているのは10/28)
いまだにノムさんの胴上げ動画を見ていると、涙が出てきてしまいます。

思い返せば、幼い頃から野球が大っ嫌いだった私が野球に興味を抱いたのは、
2006年8月末に偶然目にした「マー君・佑ちゃん」がきっかけでした。
その1ヶ月後、ドラフト会議で楽天イーグルスが田中くんのくじを引いた時は、
○| ̄|_ ←リアルにこのポーズになって心底ガッカリしました。
よりによって最下位独走チームの楽天……!?
しかもあのボヤキの野村監督……?
それにこの秋に現役引退した息子のカツノリが新たに2軍育成コーチになるって言うし、
マー君が野村ファミリーに取り込まれたり、サッチーにヴェ○サーチの服とか着せられたらどうしよう!?
……よくわかってなかった当時の私は、酷使による故障だけでなく、そんなことまで心配してました^^;。
今にして思えば、田中投手は楽天イーグルスに入団して、ほんとうに良かった。
のちに、野村監督は引き当てたくじに「縁」と書いて、田中くんに渡しましたが、
これぞまさしく「縁」。

翌2007年春から、私は田中投手が見たくて、スカパーで楽天イーグルスの試合を見るようになり、
1ヶ月経つ頃には、すっかり「楽天イーグルス」というチームのファンになりました。
田中投手に関係なくほとんど全試合を生中継で観戦し、全ての選手を応援するように。
近鉄バッファローズの消滅、球界再編騒動、そして50年ぶりに誕生した新規参入球団。
「寄せ集め集団」と揶揄され、1年目は97敗でダントツの最下位に。
球団の誕生も、プレーする選手達の過去も、
なにより試合内容がジェットコースター並みにドラマチック。
あり得ない凡エラーや失投で、大量失点をするかと思えば、
必死に食らいついて終盤に打線が爆発し、逆転勝利を収めたり。
1つ勝つのが難しいから、1つの勝ちに必死になる。
頑張るおじさん選手達の姿に惹きつけられ、応援せずにはいられませんでした。
そして一番の魅力は、野村監督の采配と試合後のボヤキ。
ダブルスチールや、偽装スクイズ、ノーヒットで得点、などの奇策が飛び出したり。
でも実は、定石通りの堅実な戦略が多かったノムさんの采配。
楽天イーグルスの試合を観戦し、試合後のノムさんのボヤキを見ることで、
野球の奥深さ、豊かさ、面白さをたくさん教えてもらいました。

ちょっとふざけた内容だけれど、楽天の過去5年を振り返る動画ww



そういえば、マー君はノムさんから高級時計、もらえたのかな……?

10/5(楽天6-3オリックス)、15勝目を挙げたマー君が記者達にこう言いました。
「監督、時計お願いします。何でもいいです。これをあげようという誠意がうれしい。
でも監督、忘れてたみたいだけど……。みなさん、書いといてください」


実は2月の久米島キャンプで、ノムさんがこう約束していたんです。
「今季、マー君には15勝してもらわんとな。
15勝したら、オレの腕時計コレクションの中から好きな時計をプレゼントする」

15勝で…ノムさんからマー君に高級腕時計(デイリースポーツ2月9日付)

現代野球で「15勝」といえば、一流投手の勲章ですからねvv
だけど、この日のマー君は、150km/h台の速球を連発したものの、
3回以外は毎回ヒットを打たれて12安打。2死から3点取られたりも。
打線のお陰でなんとか勝利投手になれたけれど、ノムさんは内容にご不満の様子。

「時計? こっちがもらいたいくらい。はい、おめでとう! という15勝じゃない」とお預けだったのです。
野村監督 マー君15勝も高級時計お預け(デイリースポーツ10月5日付)

……こんなお爺ちゃんと孫のお茶目なやりとりも、もう見られなくなるんだなぁ。
淋しい。。。


この時期までイーグルスの試合を楽しめるなんて、
リーグ2位にまで引っぱってくれた監督・コーチには感謝の思いでいっぱいです。
そんな幸せな今年の秋だったはずなのに。
実力至上主義の野球界で、結果を残した人達がリストラされるって、なんとも不条理ですね……orz
ノム組解体8人クビ楽天躍進後の異常人事(日刊スポーツ10月26日付)

ノムさんの高齢とか、大人の事情とか、イロイロあるのはわかっています。
甚だ失礼ながら、ノムさんは人格者とは言えないし、煙たく思っている関係者も多いでしょうきっと。
楽天イーグルスファンとして言わせてもらえば、監督の采配に疑問を感じ、
「ノムさん、まさかボk…ゲフンゲフン!」と不満に思った試合もいくつかありました。
それでも、毒舌家で辛辣で悲観的で、照れ屋でお茶目でサービス精神旺盛なノムさんは、
私にとって人間的な魅力に溢れる、興味の尽きない人です。
ノムさんは強烈な個性を持った方なので、人によって評価は違うでしょうけれど、
これだけは、誰もが共通する意見ではないでしょうか?
「野村克也は、野球が好きで好きで堪らない人だ」

CS第1ステージ後の、ノムさんの退任挨拶をKスタで見た時も、
札幌でのノムさんの胴上げを動画で見る時も、ついつい切なく思ってしまうのです。
野球が好きで好きで堪らないお爺ちゃんに、もっと野球を続けさせてあげたかったなぁ、と。
ノムさんの野球がもう見られないのが残念でなりません。

ノムさん、本当にお疲れさまでした。
ノムさんの采配する試合を見て、ボヤキを聞いて、野球が大好きになりました。
野球の面白さを教えていただき、どうもありがとうございました。
楽天イーグルスの名誉監督になってくださるようですが、
ノムさんは現場にあってこそ生き生きとすると思うので。
万が一この先チャンスがあれば、どこかのチームを率いる現場監督としてぜひ復帰してください!


これまで「楽天イーグルスの話題ばっかりで、いい加減ウザイと読者様に疎まれてるだろうなぁ」
と恐縮に思いながら、なんとか週1ペースぐらいに(これでもw)自重して書いていた私ですが、
これからはあまりウザくならずに済みそうです。
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