昨夜TBS系で放送していた映画「おくりびと」を見ました。

おくりびと [DVD]おくりびと [DVD]
(2009/03/18)
本木雅弘広末涼子

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第81回アカデミー賞外国語映画賞、第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞他、多数受賞。

アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、題材は「納棺師」、と耳にして強く興味を覚え、
ぜひとも映画館で見てみたいと思いながら、
時間の都合がつかずに結局見れず仕舞いだったこの作品。
今回は満を持して、DVDに録画しつつ、地上波初放送をリアルタイムで見ました。

※以下、映画のネタバレ感想です。





思いつくまま、つれづれに感想を。

●遺体を扱う「納棺師」という特殊な仕事。
作中にいくつもの「死」が登場し、それと正面から向きあう。テーマ自体は重い作品です。
でも、思わずクスリと笑いが零れるユーモアや、のどかで美しい自然の風景が
絶妙の匙加減で挿入されていて、
映画全体が暗く重たくならないように引き上げてくれていた気がします。

●主人公・大悟(本木さん)の、遺体を扱う丁寧で繊細な手つきが美しかった。
そこには、故人に対する尊敬の念が感じられて、見ていて遺族と同化して癒されました。
元チェリスト→納棺師という設定がすごく上手いなぁ、と感心しました。
クリスマスの夜に事務所で奏でたアヴェ・マリアが温かく優しい音色でしんみり……。

チェロを弾く時の優しく細やかな手つきと、遺体を扱う手指の流れるような美しさ。
どちらも主人公が「音楽」あるいは「故人」に対して
真摯な気持ちで真心を込めて接していて、
その手によって、「聞く者」あるいは「見る者(遺族)」の心を癒してくれる。
一見まるで違う職業なのに、その共通点がとても上手に生かされていたなぁと思います。

遺体を拭き清め、死に装束を着せている間、BGMがなく無音なのが良かったです。
途中から静かにBGMが入ることもあるけれど、大仰に盛り上げてお涙頂戴しようとしないのがいい。

●死者を送る遺族達の笑顔や涙に、何度ももらい泣きしました。
(すみません、かなり涙腺ユルイ女なんです私)

自殺したニューハーフの息子の父は、
「だげんど、微笑んでる顔見で思い出したんです。ああ~、おいの子だのぉって。
本当にありがとうございました」
最初は遅刻した主人公達を罵倒していた喪主が、死に化粧した妻を見て、
「今までで一番綺麗でした。ありがとうございました」
社長が9年前に死んだ自分の奥さんを「綺麗にして、送り出した」と言った時の満足げな顔。

大切な人を亡くして失意のどん底にある遺族は、
綺麗に死に装束を整えられた故人を見て、心を救われるのでしょうね。
「ありがとう」という感謝の言葉がとても深くて重くて、何度も涙しました。

その他、納棺の場面ごとに、笑いがあったり涙があったりと、それぞれ異なります。
それぞれの故人に人生があって、その最期に人生の縮図や周囲の人の思いが集約されるのでしょう。

●長年行方不明だった大悟の父が死んだと一報を受けて、
事務員の上村さん(余貴美子)と大悟とのやりとりが良かった。
「子供を捨てた親って皆そうなんですか? だとしたら無責任すぎるよっ!」
「お願い、行ってあげて! 最期の姿、見てあげてよ」
自分を捨てた父親、自分が捨ててきた息子を思い浮かべ、
自分が望んだけれどできなかったこと、抱えていた思いを、お互いにぶつけ合う。
相手は当の本人ではないのだから、ある意味八つ当たりのような、意見の押しつけなのだけれど、
ずーっと自分の中だけに抱え込んでいた重い感情だからこそ、
開放して、同じような立場の人に伝えることができたのは、本人にとって救いになったんじゃないかな。

●石文(いしぶみ)のエピソードが胸に染みました。
私は初耳でしたが、ほんとうに大昔、こういった手段で想いを伝えあう習慣があったのかな。
亡くなった大悟の父(峰岸さん)が、後生大事に右手の中に握っていたのが、
大悟が幼いころに渡した小さな石文だっていうのが、もうね……。

●庄内という舞台が、この映画にとてもマッチしていましたね。
地吹雪で前も見えない一面真っ白な厳冬。
それが、雪解けの頃には花咲きほころぶ穏やかな風景となって、人を温かく包んでくれる。
鳥海山をバックに川端でチェロを弾くシーン、雄大で美しい自然が圧巻でした。
人間の短い生と死を、厳しく温かい自然がただ見守っている、というコントラストが感じられて。

語尾が「~でのぅ」と訛る庄内弁の、柔らかくて素朴な語感も、
この映画の雰囲気にピッタリだなぁと思いました。

●生と死のコントラストが鮮明で素晴らしい。
この映画には、死者がたくさん登場すると同時に、食べるシーンもたくさん登場しました。
大悟が死後2週間経過の孤独死老人の遺体を納棺した夜、
鶏鍋用のつぶされた鶏を見て吐き気をもよおしたり。
その他に作中に出てきた食べ物は、まだ生きていたタコ(海へ返すが死んでしまった)、
米沢牛のすきやき、干し柿、焼いたふぐの白子、クリスマスの骨付きチキン、
フランスパンにハム、車中でおにぎり、など。
アカデミー賞『おくりびと』は史上最強のグルメ映画だ!【脚本・小山薫堂】緊急独占インタビュー(日経トレンディネット2009年2月21日付)

この映画で描かれる「食べる」という行為は、
ものすごく生々しく、ある意味本能剥き出しで、はしたなく見苦しく、
そしてとても美味しそうで、印象的でした。

何度も出てくる食べ物シーンを見ながら、私の脳裏に浮かんだのは、
宮沢賢治の短編小説「よだかの星」
容姿が醜いために鳥仲間から忌み嫌われていたよだか(夜鷹)は、
自分が生きるために無数の昆虫を食べ殺している罪悪感に絶望し、
夜空を高く高く飛び続けて、いつしか青白く燃える「よだかの星」になった、という話です。

生き物が生きていくということは、別の生き物を殺して食べていく、ということ。
それはエゴイスティックであさましい本能である、と言えるかもしれません。
生きるということは綺麗ごとではなく、死と密接に関わっている。
ふぐの白子を食べる社長(山崎努さん)のむしゃぶりついて食べる様、そして
「これだって遺体だよ」「美味いんだよなぁ……困ったことに」という言葉が、
直截的でとても解り易かった。

●食欲と同様に、性欲もまた強烈に「生に執着」している本能であり、
他人から冷静に見れば、ときに滑稽で恥ずかしい行為に見えるものです。
腐乱死体を納棺した夜、死の影を必死で振り払うかのように、
大悟は妻(広末さん)の体をかき抱き求めます。
若い妻の肌に溺れて、醜悪な記憶を忘れ去ってしまいたい、という思いと同時に、
「生」へしがみつく=子孫を残す、という本能が無意識にあったのかもなぁ。

生き生きと川を遡上する鮭と、その横を流れていく死んだ鮭。
生のすぐ隣には死がある。非日常ではなく日常なんだ、というテーマを
その対比の映像が端的に見せてくれていた気がします。

妻が自分の子を身籠ったと知ってすぐ、長年行方不明だった父の死を知る。
命が引き継がれていく。そして、子を思う気持ちも引き継がれていく。
そんな当たり前で、だけど祈るような大切な思いが、人の営みの中で何代も繰り返されてきたんだなぁ。
ラストシーン、父の遺品の石文を妻のお腹にそっと当てる場面に表れていて感動的でした。

●妻は大悟が納棺師という仕事をしていることを知り、
「触らないで! 汚らわしい!」と嫌悪し、実家へと帰ってしまいました。
旧友には「もっとマシな仕事さ就けや」と言われ、
妻には「こんな仕事、恥ずかしい」「(生まれてくる子が)いじめの対象にもなる」、
仕事先でも「お前ら、死んだ人間で食ってんだろ」
「一生あの人みだいな仕事をして(死んだ人に)償うか?」と。
この人々の納棺師(あるいは死に携わる仕事)への偏見には、
残念ながら私もどことなく共感を覚える部分があることを否めません。
死は、暗く悲しく忌むべきもので、できるだけ関わりたくない、という社会通念があるからでしょうか。

この映画の原案となった「納棺夫日記」の著者、納棺師の青木新門さんが、講演会でこう話したそうです。
「納棺夫日記」の青木さん講演 酒田で自殺予防フォーラム(山形新聞9月21日付)
>「働き始めたころは人の死に携わる仕事としてさげすまれた。
>挫折と失敗を繰り返しているうちに、社会全体から白い目で見られているような感覚に陥り、
>人から隠れて生きるようになった」
>と、次第に追い詰められていく当時の様子を振り返った。


しかし、この映画を通して感じたのは、
納棺師=死者に関わる仕事は、そんなに蔑まれるべき賤しい仕事なのか?
死とは、見ないふりをして目を背け、忌み嫌うべきことなのか?
納棺師は死者の尊厳を守り、残された者を癒す、誇るべき仕事のように感じました。

この映画がアカデミー賞外国語映画賞を受賞したのは、
「死」とそれを見送る人々の思い、という普遍的なテーマを題材にしていることと、
日本的な繊細な情緒や様式美が描かれていることも、理由の一つかもしれません。

でも実際には、「納棺」という仕事自体は、日本古来の古式ゆかしい伝統、ではないのです。
近年になってできた職業だといいます。
ほんの数十年前までは、家庭で、家族の手によって、
遺体は清められ、身なりを整えられ、納棺されてきました。
出産が、自宅に助産師を呼ぶ方法から病院に入院へ、
病死が、自宅の畳の上から病院へ、と形を変えたように、
現代社会で日常の中から「生」と「死」が切り取られ隔離され、普段目にする機会が減ったことが、
「生」と「死」が特別なものではないこと、そしてかけがえのないものだということを
見えにくくしてしまった気がします。

●映画に登場した「鶴乃湯」は、今年9月1日に廃業してしまったそうです。
鶴乃湯を経営していたおかみさんは、
>「かまの老朽化がひどく、もう寿命です」「誰も継ぐ人なんていないし、もう、はやらないから」とぽつり。
取材ノートから:銭湯の灯(毎日新聞山形版8月29日付)
鶴乃湯の一般公開始まる 協力金1人100円、12月27日まで(山形新聞9月19日付)

●個性的で味のある役者さん達が、とてもいい演技をしていた映画でした。
NKエージェント社長役の山崎努さん、事務員の余貴美子さん、
飄々としていながら主人公を見守るような温かさがあって。
主人公の妻役の広末涼子さんは、私の中でアイドルのイメージがあるからか、
こんなに艶っぽい魅力のある役者さんだったのか、と驚きました。
若々しく純真な笑顔の可愛らしさと、濡れ場シーンでの控え目だけど色っぽい雰囲気で、
主人公が愛する女としての妻の魅力が伝わってきました。

私の中で、特に印象的だったのは、「鶴の湯」の常連客のおじさん役、笹野高史さん。
「ありがとな……また会おうの」
「わたすぃ、燃やすのが上手ですからの」
「死ぬっていうごどは終わりってごどでなくて、そこをくぐりぬげで、次へ向がう。
まさに、門です。
私は門番として、ここでたくさんの人をおぐってきた。
いってらっしゃい。また、会おうの、って言いながら」
セリフの一つ一つに説得力があって、でも押しつけがましさはなく、
自分の奥深くから滲み出てきた言葉のように淡々と朴訥で。
ただ座っている、立っているだけの何気ない佇まいからも役柄の人格を感じさせる、
その演技力に脱帽です。

笹野さんは以前から気になる俳優さんでしたが、
大河ドラマ「天地人」の豊臣秀吉役の好演で、ますます大好きになりました。

スパイシー笹野でございます 「ワンシーン役者」の神髄(asahi.com2007年9月18日付)
「作品にアクセントをつけるスパイスになるのが私の役割。スパイシー笹野と言われたことも」
どんな役柄でも原則断らない主義だそうで、これまで演じてきた役も多種多様。
善人でも悪人でも、名もない農民でも天下人でも演じることができる役者さん。
でも、長丁場の映画撮影に、ほんの数日間だけ参加して脇役を演じる、というのは、
その現場の雰囲気を短い時間で把握して溶け込まないといけないので、逆に難しそう。

ひとインタビュー 『映画俳優と呼ばれたい舞台人 今の道楽は子どもの成長』(どらく2008年8月25日付)
>僕は、質感とか匂(にお)いみたいなものを演じたい。
>それが理想で、うまい、下手というのはどちらかといえば二の次。<中略>
>昔、よく山田洋次監督に「風景になれる役者になりなさい」と言われました。<中略>
>「おくりびと」でも、どんな家庭に育ったのかと考え、
>その人の生き様、人生から醸し出される質感、匂いをちゃんと演じようと心がけました。

>常に作品に貢献するにはまずどうすればいいかを考えます。
>よく「主役を食うにはどうしたらいいんですか?」なんて聞かれるんだけど、
>それは観(み)た人が決めること。
>もし、本当に主役を食っているとしたら、むしろ失敗ですよ。


この考え方、演じる姿勢を拝見して、ああ、だから私は笹野さんの演技が好きなんだな、と思いました。

●映画の中で、主人公の父親を演じた峰岸徹さんは、
映画公開中の2008年10月に肺ガンで亡くなりました。

また、奥さんを亡くし、遅刻してきた納棺師二人に怒りをぶつけていたものの、
死に化粧を施された奥さんの顔を見て、最後は泣きながら感謝した男性、
彼を演じた山田辰夫さんは、つい先日、7月26日に胃ガンのため53歳の若さで亡くなりました。
山田辰夫さんに280人お別れ。滝田洋二郎監督「悔しい」(日テレNEWS24 9月12日付)

映画を見て抱いた思いと重なって、いい俳優さんが亡くなってしまったことが切なく悲しくなりました。
ご冥福をお祈りいたします。



●ところで、突然ですが質問です。
あと1ヶ月で人生を終えるとしたら、あなたは何をしたいですか?

この問いかけは、某製薬会社が、20代~60代の男女1000人を対象に行った「“いのちの大切さ”に関する意識調査」の一部だそうです。
あなたも自らに問いかけて、答えを考えてみてください。



あと1か月で人生を終えるとしたら? 1位は……(東京ウォーカー9月4日付)
この調査の結果では、「親孝行」41%、「お世話になった人への恩返し」36%、「世界中を旅行」31%、「食べたかったものを食べる」21%。
その他の質問、
「“いのちの大切さ”を教えてくれた作品は?」
<映画部門>1位「火垂るの墓」、2位「おくりびと」、3位「硫黄島からの手紙」
<テレビドラマ部門>1位「救命病棟24時」、2位「1リットルの涙」、3位「Dr.コトー診療所」
「“いのちの大切さ”を感じる人生のシーン」
大半が「葬式」と答える中、20代女性だけは「出産」が1位。


この映画を見て、優しく静かな涙を流しながら、
必ずやってくる死と、今生きているということ、それから、
身近な人や大切な人との残された時間、というものをふと考えることができました。
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