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阿部くんの涙
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2008/04/22(Tue)
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![]() いつまでもーいーつまでもー 側にいるーとー言ぃってぇたー あなたはうーそーつきだねー わたしをー置き去りにー 木蓮の花、大好きです。 毎年この花が咲きほころぶと、この曲「木蘭の涙」を思い出します。 メロディも歌詞も切なくて、胸の奥が締め付けられるよう。 もとはスターダストレビューが1993年に作った曲で、いろんなアーティストがカバーしていますね。 スタレビのヴォーカルさんが歌う声が、やっぱり私は一番好きかな。 涙と言えば。 おお振りの三橋くんは、とにかくよく泣く泣き虫エースですが、 実はその相方、阿部くんも結構泣き虫だというのは……まぁ、よく言われてることか(笑)。 Wikipediaにも「繊細で涙脆い一面も。」なんて書かれてるくらいだし。 でも、本当にそうでしょうか? 阿部くんは、感受性豊かで感動しやすい、涙脆い子? 検証してみましょう。 阿部くんが泣いたシーンを、「おおきく振りかぶって」原作全9巻の中から抜粋してみました。 (※最後の方に本誌ネタバレも少し含みますので未読の方はご注意ください)
●1巻
「お前はいい投手だよ!」と何度言っても「ウソだあ〜〜っ!」と泣きじゃくる三橋に、 「こんなに努力してる男を(中学時のチームメイト達は)理解しないままチームから追い出したんだ」 と気づいて、もらい泣き。 「だってお前、がんばってんだもん!!」 ●3巻 中学1年。シニアで榛名元希の豪速球を止めきれず、ガンガン体で受けて、悔し涙。 ●3巻 中学2年。シニアの関東大会、ベスト8を決める試合。 「1球でいいから全力で投げてください」と懇願したのに、榛名に無視され、しかも 自分が死四球で無死満塁にしたのに、球数80球に達したという理由で 彼はあっさりとマウンドを降りていってしまった。試合はボロ負け。 自分の無力さと、榛名への怒りで、トイレの洗面所で悔し涙。 ●4巻 桐青戦の最中。ベンチで三橋に「あ・あ ありがとう 阿部君……」と感謝の言葉を言われて 感動してじわっと涙目。 ●9巻 阿部くんの母が持ってる写真。小学生の時に捕手防具付けて怒り泣きしてる姿(笑)。 単行本化されている範囲内では、全部で5ヶ所でしょうか。 三橋くんが泣いてるシーンは膨大すぎてコマを数える気にもなれませんが(苦笑)、 阿部くんの泣きシーンも、おお振りのキャラの中では多い方ですね。 まぁ、登場回数自体が多いから当然かもしれないけど。 全巻通して阿部くんの表情を見ていると、投手(三橋くんや榛名さん)絡みだと、 激しく怒ったり怒鳴ったり焦ったり青ざめたり、と感情の起伏が大きい(おもに「怒」)けど、 普段の野球部や学校、家族とのシーンでは、結構おとなしいですよね。 他の西浦ナインが満面の笑みだったり大口開けてたりしてるシーンでも、表情はあまりおおきく変わらない。 どこか冷めた顔つきというか、落ち着いて冷静というか。 そんな「クール」なイメージのはずなのに、ステレオタイプに反して、泣いたり熱血だったりするんで、読者の印象に強く残るんでしょうか。 だけど、阿部くんが泣くのは、情に絆されたり他者に感動したり、というのとはちょっと違うんですよね。 実は、阿部くんが感極まって泣く状況にはキーワードがあります。 「頑張ってるのに認めてもらえない」 「頑張っていることを認めてもらえた」 ええっと、ここで、ひぐちアサ先生にあやかって、ちょっぴり心理学。 (あまり自信ないところもあるんで眉唾で読んでください・苦笑) 心理学には自己実現理論、別名「マズローの欲求段階説」という理論があります。 以下、Wikipediaの抜粋↓。 人間の基本的欲求をピラミッド型の5段階に分類した理論。 1.生理的欲求 :生命維持のための食欲・性欲・睡眠欲等の本能的・根源的な欲求 2.安全の欲求 :衣類・住居など、安定・安全な状態を得ようとする欲求 3.親和(所属愛)の欲求 :他人と関わりたい、他者と同じようにしたいなどの集団帰属の欲求 4.自我(自尊)の欲求 :集団から価値ある存在と認められたい、尊敬されたい認知欲求(承認欲求) 5.自己実現の欲求 :自分の能力・可能性を発揮し、創造的活動や自己の成長を図りたい欲求 「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きもの」なので、下位の欲求が充足される事により、上位の階層へ移行していく。 要するに、身の安全や衣食住(1〜2)が心配なく満たされて初めて、その上の段階の欲求が生まれる、ってことですね。 3.「誰かと関わりたい(何かの集団の一員でありたい)」という欲求が生まれ、 それが満たされれば、4.「他人に尊敬されたい、認められたい」という欲求が生まれる。 (但し、3と4の欲求は必ずしも上下関係ではなく渾然一体と同時並行的に発生することも) ※まぁ、「マズローの欲求段階説」も広義に解釈されすぎて、いろいろ批判もあるようですが。 で。 阿部くんはこの「4.自我(自尊)の欲求、承認欲求」が非常に強い状態なんだな、と私は思います。 特に、Wikipedia「承認欲求」を参考にすると、 「上位承認」自分が他人よりも優位な関係で認められたいという欲求、が強いのでは? オレの日々の努力を認めて欲しい、自分の働き(=リード)がチームにとって価値があると評価して欲しい。 =褒められたい。 しかし、中学時代は榛名元希という強烈な個性のせいでその欲求が満たされなかった。 抑圧された反動で、「自分のリードを無視・拒絶されたくない」という異常に強い欲求が生まれた。 それが、阿部くんの三橋くんに対する初期の接し方(制球力があり自己主張しないから思い通りに操れる理想の投手)になったんでしょうね。 阿部くんが普段はクールなのに、投手が絡むと思わず激情家になるのも、 集団(野球)の中での阿部くんの役割(キャッチャー)にピッチャーは不可欠で、 ピッチャー次第でキャッチャーの価値も評価される、という面もあるから、 無意識に、より固執してしまうのでしょう。 ここでもう一つ。 これは私の勝手な仮説(つまり妄想)に過ぎませんが、 阿部くんは、親(特に母親)に褒められたかったけど、あまり褒められなかった子なんじゃないかな? 原作6巻 しかも阿部くん本人もなんにも不都合や特別な感情を感じていない様子から、 これが阿部家の長年の「当り前」なんでしょう。 弟シュンくんは中学生なんで、兄隆也とは1〜3歳差。 ちょうど隆也くんが1〜3歳の頃に、下の子が生まれて、それ以降母親は弟の世話により重点を置いてきた。 1〜3歳の男の子って発達心理学上、母親に愛されたい、独占したいって欲求が強い時期なんですが、 物心ついた時から自分は母親にとって「一番」じゃないってのが日常だったんだと思われます。 たぶん、隆也くんは小さい頃からあまり手のかからない「いい子」で、 学校に入って以降も、そつなく当たり前のように勉学や運動がこなせるから、 親はなんにも困らない=取り立てて褒めるところがない、どうしても関心が薄くなってしまう、って状況だったのかも。 それに、隆也くんは感情表現がさほど豊かじゃない、あまり愛想のない子だったと思うんで、 母親の関心はなおさら弟の方に向いたかもね。 だからと言って、母親が愛情をもっていないわけでもないし、 隆也少年が母親や弟への嫉妬や憎しみなどマイナス感情を抱いたりもしてないと思います。 だって、それがずっと「当たり前」だったから。 結構、長男ってそんなもんですよね(……と長女の私は思ってマス)。 まだ単行本化されていない、県大会4回戦後辺りのところで、阿部くんの父親も登場しているそうですが、 私は哀しいかな、未見なので、父親と隆也少年の関係はわかりません。 でも阿部父は三橋くんが隆也くんを怖いと感じてると知って、 「お前、本当の友達いないんじゃないか?」みたいなことをズバリと息子に言った、とかなんとか噂に聞いたので、 これまた興味深いな(笑)。早くその部分読んでみたい。 長男のことを気にかけて愛しているけど、気まずいこともズバズバ言っちゃうお父さんなのかな? (隆也の口は父譲りか?・笑) たぶん家族仲はとても良くて、夫婦仲もらぶらぶみたいだしw、いい家族なんだと思いますが、 弟が一家の中心的存在で、隆也少年は幼い頃から自然となにかを我慢してきたのかも。 満たされなかった「認められたい」「褒められたい」という欲求は、無意識の下に強烈に燻っていて、 阿部くんの感情が昂ぶる原因になっているんじゃないかな? 以上、完全な私の妄想でした(苦笑)。 さらにもう一つ。 阿部くんの三橋くんに対する感情について。 初対面から合宿中まで、阿部くんは三橋くんに対して、 「マジでウザイ」「こいつは相当ヘンだぜ」「扱いにくいヤツ」「性格は騙し騙し使っていくしかない」「こいつメンドクサイ」「我が強くてキズつきやすい」 とネガティブなことばかり思っていますが(……ひ、ヒデェ・笑)、 前述の1巻P.132で、突然、三橋くんへの気持ちがガラリと180°変わります。 三橋くんが、ずっと必死で努力してきたけど、周囲に理解されず、認めてもらえなかった、ということに気づいた時から。 「こいつのために何かしてやりたい」「こいつの力になりたい」とその時阿部くん本人は考えましたが、 これはむしろ自分自身を三橋くんに投影して、同一化して見るようになったんだと思います。 ええっと、また心理学的な話ですが、 人間は「〜したい」という欲求が満たされない(欲求不満)状態だと、嫌ですよね? 心が不安定になって、ストレスが生まれます。 で、心の安定を保つために、ストレスや不快を少しでも弱めたり、避けようと様々なことを考えます。 その心理的作用を「防衛機制」と言います。 誰もがいつもやっている心の働きです。たいてい無意識で。 防衛機制には、抑圧、逃避、退行、置き換え、昇華、反動形成、否認、同一化、投影、合理化など、他にもいろいろ種類があります。 (それぞれの詳細を知りたい方は、こちらを参照のこと) で、その中の「同一化」。 同一化(同一視)とは、自分にとって重要な人の属性を自分の中に取り入れること。 憧れのスポーツ選手を応援して、その人が勝つと我がことのように喜んだり、とかかな、例としては。 阿部くんは、「頑張っているのに認めてもらえなかった」三橋くんに今までの自分の姿を重ねて、 もらい泣きするほど感情が昂ぶり、強い共感を抱き、 こいつの努力を、実力を周囲に認めさせてやる。そのためにオレは尽くす、と心に誓います。 三橋くんが価値ある存在と認められ、褒められることで、同一視している阿部くん自身も追体験して、 満たされなかった「褒められたい」欲求を満たすことができる、からじゃないでしょうか? もちろん、バッテリーは一心同体なので三橋くんが優れたピッチャーだと認められれば、 同時にその能力を引き出したキャッチャーの力も称賛されるわけですが。 捕手ってのは誰でも「投手を勝たせてやりたい、力になりたい」と多かれ少なかれ思ってるもんですが、 でも阿部くんの三橋くんへの入れ込みっぷり、執着っぷりは、単なる捕手の域を越えてて尋常じゃないよ(笑)。 阿部くん本人に自覚はないけど、三橋くんを自分の分身、あるいは自分の一部のように感じていて、 「認めて欲しい」「褒めて欲しい」欲求を、自分の分まで含めて満たしてやりたいんでしょう。 (※実は、三橋の欲求はそのレベルじゃないと思うけど、それについては→こちらで考察しています。) だから、阿部くんはリードに首を振られることを嫌い、 「オレの力で」勝たせてやる、「オレといれば」勝利の気持ちよさを味わわせてやる、3年間ケガしねぇ、お前の投げる試合は全部キャッチャーやる、 と自分と一体化しての活躍を三橋くんに求めました。 三橋くんも同じくそれを求めて依存したけどね。 「三橋のために」と阿部くん本人は思ってるかもしれないけど、実は無意識に「自分自身のため」の要素が大きいのかも。 つまり「他者愛」よりも「自己愛」の方が強いような気がします、今の段階では。 (まぁ、15歳ならそれが普通か) さて。 美丞大狭山との対戦で阿部くんが負傷退場し、一時的にバッテリー解消となったアベミハ。 三橋くんは、今まで阿部くんに頼りっぱなして、 サインに首を振らない=責任を全部阿部くん一人に押し付けていた、それじゃいけない、と気づきました。 そして三橋くんは、捕手が阿部くんじゃなくても、アウトが取れました。 阿部くんも、三橋くんに首を振ることを禁じたのは、自分に隷属させ、三橋の成長を妨げることになる、と気づいたようです。 恐らく、三橋くんの精神的な小さな成長、これから二人の関係が変わっていくことを、ベンチから見ていて感じたことでしょう。 果たしてどう変わっていくのか? その変化に途惑いや抵抗を感じたりはしないのか? そんな部分もこれから楽しみです♪ 冒頭の「木蘭の涙」の歌詞、 美丞大狭山戦でベンチからマウンドを見ていた阿部のテーマっぽいなぁ、なんて思ったり。 (そこまで女々しくはないか・笑) ……はぁ〜、長かったな〜(苦笑)。 ここまで目を通してくださった方、貴重なお時間を費やしていただき申し訳なく……(汗)。 しかも個人的な偏見と思いこみが相当入った考察だったので、 「それは違うでしょ」とご不快に思われた方がいらっしゃったら、どうかご容赦ください。 できれば、これを読んだ方のご意見、異論・反論、あなたの「阿部隆也論」をお聞かせ願いたいです、是非! |
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