2020_06
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(Thu)23:59

甲子園でセンバツ32校交流試合

日本高野連は昨日、
「2020年 甲子園高校野球交流試合(仮称)」の実施を決定!
参加校は、今春の第92回選抜高校野球大会に出場予定だった32校を招待。

甲子園にセンバツ32校招待!8・10から対抗試合(日刊スポーツ6月10日)
夏の甲子園期間中にセンバツ出場校が交流試合、32校が1試合ずつ対抗戦 高野連理事会で決定(スポニチ6月10日)
センバツ代替試合 予選が必要な選手権大会とは別の位置付け(デイリースポーツ6月11日)

よかったねぇえええええ(T◇T)


大会日程は、8月10~12、15~17日の6日間。
各校1試合の対抗試合。
9回同点の場合は延長に入らず引き分けルールで、1日3試合以内。
通常、春夏の甲子園大会はベンチ入り18人だけど、より多くの選手に出場機会を与えるために枠を2人増やし、
ベンチ入りメンバーは20人。
北海道と東北以外のチームは、公共交通機関を使わずに貸し切りバスで移動。
各チーム最大2泊3日の日程。
近隣のチームは日帰り。
無観客……だけど、控え部員、保護者らの入場は今後の感染状況の推移を見ながら検討。
7月18日に各校主将がオンラインで組み合わせ抽選会を実施。


何はともあれ、第一報を聞いて真っ先に思ったことは、
「センバツに行くはずだった球児のみんな、ホントによかったねぇええええええええ!!」でした。

思い返せば、新型コロナウイルスの感染が拡大し始めた今年の春から、
高校球児達には紆余曲折で、何度も失意を味わわせてしまいました……。

3月11日に、春のセンバツの中止を発表(史上初の中止)。
全国47都道府県と9地区の春季大会も開催を断念。
3・11史上初のセンバツ中止決定/高校野球経過(日刊スポーツ5月20日)

さらに5月20日、夏の甲子園(第102回全国高校野球選手権大会)も中止を決定。
大正4(1915)年から100年超の歴史を持つ選手権大会が中止となったのは、
・1918年(第4回大会)、米騒動のため、代表14校が現地入りしていたが大会直前に中止に。
・1941年(第27回大会)、戦局悪化により、地方大会の途中で中止。
・翌1942年春~1946年春までは、戦時中のため中断。
以来、75年ぶり・戦後初の中止。選抜大会と春夏連続での中止は史上初めて。
代表校を決める地方大会も中止。
夏の甲子園中止を決定 春夏連続は史上初めて 地方大会も(スポニチ5月20日)
甲子園79年ぶり中止が決定、コロナ影響で苦渋決断(日刊スポーツ5月20日)

各都道府県単位での代替的な大会については各都道府県高野連の自主的判断に委ねる方針。
なお、1941年の夏~秋に、各都道府県で独自の大会が行われた例もあったそうで。
各地方で独自大会開催のために決断/甲子園中止解説(日刊スポーツ5月20日)
高校野球 各都道府県が代替大会を模索…日程面に課題も「夏の王者を目指して」(産経新聞5月21日)
夏の甲子園中止 代替大会開催の動きも残る高い“ハードル”(スポニチ5月21日)

新型コロナウイルス感染拡大から、選手、関係者、観客など、
ひいては帰還した後の地元の人々の安全と健康を守るためには、
どうしても夏の選手権大会の開催は難しいですものね……。
高野連が夏の甲子園、49地方大会も中止発表 理由説明「リスクなくすことできない」(デイリースポーツ5月20日)

地方大会(6月下旬~8月初旬、約3,800校が参加し、全国各地の約250球場で開催)のリスクとしては、
・各球場での感染リスクを完全になくすことができない。
・休校や部活動停止など長期間に渡っており、野球部員は長期間、練習ができないでいる。
 部活動の再開後、体力や技術を戻すまで一定の準備時間が必要。練習が不十分な選手のケガ増加の恐れ。
・学業優先。夏休みの短縮や登校日・授業時間の確保の動きがある中、
 地方大会の開催は学業の支障になりかねない。
・運営を担う役員や審判員を十分に確保できない。
・例年常駐してもらう医療スタッフに、新型コロナ治療や感染防止などで多忙な中、依頼が難しい。
・各地方の公的施設の使用制限で市況球場が限られたりする恐れも。
・8月10日の全国大会開幕までに49代表がそろわない可能性がある。

全国大会のリスクとしては、
・開催期間が2週間以上に及ぶこと、代表校が全都道府県から長時間かけて移動すること、
 集団で宿泊してまた地元に帰ることなどを考慮すると、感染と拡散のリスクが避けられない。
・さらに、秋季大会の地方予選が8月末から始まる所もあり、
 夏の甲子園大会の延期も考えられなかった。


その後、5月25日、政府が緊急事態宣言を解除。
阪神球団は、甲子園大会開催期間だった8月10~25日は公式戦を開催しないことを決定。

高野連を中心に、毎日新聞社、朝日新聞社、阪神甲子園球場、阪神タイガースなどの関係団体が、
「なんとか高校球児を夢の舞台に立たせてあげたい」という思いで一致団結!
入場料など大会開催による収入がないので、
大会運営費や各学校の移動費は、高野連の積立金で充当するそうです。
“四位一体”で実現したセンバツ交流試合(スポニチ6月11日)
甲子園使用料もゼロ…夢の高校野球交流戦実現の裏に阪神のバックアップ(THE PAGE6月11日)
↑今回の救済措置として特別に「球場使用料ゼロ」なのではなく、
初めて甲子園で高校野球が行われた1924年(大正13年)から今に至るまで96年間「使用料ゼロ」。
なぜなら、

タイガースのためではなく高校野球のために甲子園球場が誕生したという歴史的な経緯があるのだ。


そもそも阪神タイガースさん&甲子園球場さんは、
「甲子園の土」が入ったオリジナルキーホルダーを、
高野連に加盟する野球部の3年生全部員を対象に、プレゼントする企画も立ち上げてくれて……(T_T)

キーホルダーの製作にあたり使用する「甲子園の土」の一部は
矢野監督、コーチ、選手や阪神園芸、球団職員らが直接グラウンドから集める。
製作費用の一部を監督、コーチ、選手一同で出し合うことも発表された。
阪神球団に関係する人々の想いが込められた「甲子園の土」キーホルダーは、
8月下旬頃を目処に順次、対象の学校へ直接配送される予定だ。

阪神が「甲子園の土」入りキーホルダーを高3球児に贈呈(スポニチ6月8日)

矢野さん、ありがとうございますありがとうございます私も野球部所属したいっ(←ダマレ)


そんなこんなで関係各位の尽力で叶った、夢の聖地・甲子園での高校野球。
32校の選手・監督の談話を読むと、私も感無量です。
甲子園交流試合開催決定に「感無量」各校反応まとめ(日刊スポーツ6月11日)
その一方で、
「感謝の一方で、他校のことを思うと複雑だ」
「32校以外のチームのことを考えると複雑な気持ちもある」

という複雑な心境にもまた、痛いほど共感します……。
「他校を思うと複雑」 甲子園交流試合、喜びと戸惑い(朝日新聞デジタル6月10日)

甲子園に出場できるのは、全国4000校弱の高校野球部のうち、49校、1%強だ。
14万人あまりの野球部員のうち、甲子園の土を踏むことができるのは最大で882人。
0.6%ほどだ。
(中略)
誤解を恐れずにいえば「甲子園でやらせてやりたい」は、
高校野球を神聖視する「大人の感傷」にすぎないのだ。

「夏の甲子園中止」を嘆く大人たちに欠けた視点(東洋経済オンライン5月24日)

高校球児達はみな、「甲子園へ行く」「甲子園で高校野球の有終の美を飾る」ことを目標に、
高校3年間……どころか、幼い頃からずーっと頑張ってきた選手だっていっぱいいるでしょう。
それが、甲子園に立つための第一歩すらチャンスを奪われてしまった……。

軟式野球のほうも、
「第65回全国高等学校軟式野球選手権大会」は地方大会を含め、中止を決定しています。
1956年に始まった同大会の中止は史上初。

もちろん高校スポーツは、野球だけじゃありません。
夏の甲子園と同時期の8月10日から、東北~九州の21府県で分散開催予定だった、
インターハイ(全国高等学校総合体育大会)の中止は、4月28日に決定。
10月に鹿児島県で開催予定だった第75回国民体育大会も年内開催断念。
スポーツ推薦で進学を予定していた高校3年生には、死活問題です。

運動部だけでなく、文化部の全国レベルの催しや大会だって、軒並み中止になっています。
大勢の高校生達は全国大会や最後の晴れ舞台がなくなってしまいました。

今まで競技や部活動をやってきた集大成として
「やりきって終わりたい」と掲げていた目標が突然なくなって、
どこにもぶつけられない悔しさ、不完全燃焼……。
忸怩たる思いを抱えている高校3年生は、い―――っぱいいるに違いありません。
部活動だけでなく、高校生活最後の様々な行事も次々なくなってしまったかもしれない。
来春の大学入試制度だって大変換期で、不安要素だらけ。

そんな中で、「なんで高校野球だけ特別?」
結局は、夏の風物詩「甲子園」を観戦したいという、
前述の記事のとおり「大人の感傷」「大人の自己満足」なのかもしれない。
一野球ファンである私の心中にも、そんな後ろめたさが浮かびます。
振り返れば私自身、2006年に野球が好きになるまでは、
幼い頃から野球が大嫌いで、その理由は「野球ばっかり特別扱いだから」だったっけ。

それでも、私の個人的希望としては、
硬式野球に限らず、高校スポーツの各競技や文化部各部において、
なんとか大人達が知恵を振り絞り、努力を尽くして、
高校3年生の集大成の場を用意してあげてほしいです。
陸上は10月に代替大会がある予定で、
サッカー、バレー、ラグビー、バスケ、駅伝などは、秋から冬に全国レベルの試合があるけれど、
これも新型コロナウイルスの感染動向に拠る変更があるかもしれません。
それでもなんとか、「やりきって終われた」という檜舞台を。

甲子園の交流試合に出場できない、全国約4000校、14万人あまりの野球部員の皆さんには、
どうか何らかの形で地方の独自大会を。
高校野球47都道府県/独自大会開催関連一覧(日刊スポーツ6月14日)

そして、今夏の甲子園で交流試合に出場できる32校の皆さんは、
昨年秋の大会を必死に勝ち進んで勝ち取った、今春のセンバツ出場権なのだから、
胸を張って悔いなく思いっきり夏の甲子園で躍動してほしいです。
センバツ交流戦「野球は特別か」に高野連側から異論(JBpress6月12日)

もしもその集大成の場が叶わなかった時、不本意に終わってしまった時、
その高校生達に「前向きになれ」「きっといつか糧になる」とアドバイスする大人達はたくさんいるでしょう。
当事者はそんな言葉、欲しくないかもしれません。
私も、どんな言葉を掛ければいいのか、わかりません。

それでも最後にご紹介したいのは、私の胸に沁みたこのメッセージ。
明徳義塾の馬淵史郎監督が、5月20日、甲子園大会中止の報で、選手達に語りかけた言葉。
――甲子園で松井秀喜選手に5打席連続敬遠を指示して大論争を巻き起こし「ヒール」として日本中からバッシングされた
あの馬淵監督が語った言葉だからこそ、重たい。と感じ入りました。

おまえらが目標にしとった大会がないので非常に残念でたまらん、俺も。
最後の夏の自分の力を発揮できる大会がなくなったというのは本当につらい。
ただ、高校野球の目的は人間づくりやから。
目的は将来につながるための高校野球やから。
それだけは忘れんなよ。
勝った負けた、甲子園に出場できるできない、
レギュラーになったなれないといろんなことがあるけど、
要は世の中に出て通用するようなことをグラウンドで学ぶのが高校野球なんや。
親元を離れて寮生活をして打ち込んだものが絶対どこかで生きてくるんやから。
ええか、これでOB気分になって終わった終わったじゃないんだぞ。
世の中に出ていろんな苦しいことがあった時に、
耐えていける精神力をつけるというのが高校野球なんや。
こういう苦しい時ほど人間は試される。
甲子園だけがすべてじゃないんやから、人生。
最後まで同じ仲間とグラウンドでやれたというのが財産やから。
10年、20年たって、あの時自分らの代は予選がなかった、
試す場所がなかったということがきっと役に立つ時があるから。
こっからだぞ。
こっからが出発点だ。
何も終着駅じゃないよ。
こっから出発点だ。
気持ち切り替えてやっていけよ、ええか。

夏の甲子園中止に明徳義塾・馬淵監督「苦しい時ほど人間は試される。何も終着駅じゃない。こっから出発点」(スポニチ5月20日)

何も終着駅じゃないよ。
こっから出発点だ。
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