
1月11日ですので、毎年恒例の「鏡開き」で~す♪
……実は昨年末に買って準備しておいた「鏡餅」を、しまいこんだまま忘れていて、昨日発見して、慌てて1日だけ飾った、
ちゅーことは内緒です^^;。←
「鏡開き」についての薀蓄は、2年前に既に調べて書いて
1月11日は他になんの日かな~? と調べてみました。
1月11日は「塩の日」、でもあるんですって。
へぇ~!(トリビア)
wikipediaによれば、
「敵に塩を送る」という言葉の語源となった
戦国時代の武将、上杉謙信と武田信玄の故事に由来する。
1569年1月11日(旧暦)、上杉謙信の助けにより武田信玄のもとに塩が届いたという。
ちょっと待った――――――!!
正確には、上杉謙信が武田信玄に塩を適正価格で売った日、ですよね?(笑)
「敵に塩を送る」とは有名な諺ですが、意味は、
争っている相手が苦しんでいるときに、
争いの本質ではない分野については援助を与えることのたとえ。
(故事ことわざ事典より)
「傷口に塩を塗る」と同じような意味合いで、相手に塩を送りつけて嫌がらせして困らせる、
という意味ではなく^^;、
また、敵に無料で塩を贈ってあげる、
という意味でもない。
……ってワタシ後者の意味だと勘違いしていたので、
最近テレビ番組でホントの意味を知って、目から鱗でしたー!
(無教養でお恥ずかしい^^;)
皆様ご存知の通り、「敵に塩を送る」という諺は、
戦国時代の上杉謙信と武田信玄の故事に由来するもの。
武田信玄の領地・甲府は、周囲を山に囲まれていて海に面していないので、
生きていく上で欠かせない塩は他領から買い求めるしかなかった。
武田信玄が今川との同盟を破棄して東海方面への進出を企てたため、
今川は北条と協力し、武田領内に塩を売ることを禁じ(=塩止め)、
甲府の領民は苦境に陥っていた。
上杉謙信は武田と敵対していたにもかかわらず、
「戦いは弓矢でするもの。塩を止めて領民を苦しめてはならない」と
武田領へ従来通りに塩の販売をするよう命じた。
それが、戦国の世にあって優れた義挙である、と讃えられて、
「敵に塩を送る」という諺が生まれたそうです。
1月11日はその塩が当時の武田領の松本市に到着した日、だとのこと。
◆塩の情報室
◆【敵に塩を送る】(こよみのページ)
とゆーことで、「敵に塩を送る」にちなんだ「塩の日」とは、
争っている相手だとしても、それはそれ、これはこれ。
適正価格で商売しましょうね♪ の日。
ということでよろしいか?←
1月11日の今日、「塩の日」について
また一つトリビアが増えましたね♪(無駄知識^^;)
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