--_--
--
(--)--:--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2011_03
22
(Tue)23:59

東北魂

地震の報道を毎日見ながら、被災地の人達について、気になっていることがあります。

家族や家を失った悲しみで、泣き叫んでいる人を、見かけましたか?
なんでこんな目に遭わなきゃならない、なぜ物資が届かないと、怒り狂っている人を、見かけましたか?

被災地でテレビのマイクを向けられる人のほとんどが、
「ありがたい」「申し訳ない」「助かります」と感謝の言葉を口にします。
泣く時も、必死に涙をこらえ、声を殺しています。
悲しみを語る時も、男性ほど淡々と無表情に話しています。
物資を求めて並んでいる人は「私よりもっと困っている人を早く助けてあげてほしい」と言い、
家が全壊した人は「家族を亡くした人もいる。生きているだけでありがたい」と言い、
家族の遺体に対面した人は「見つかっただけでも……行方が分からず探している人もいる」と言う。
テレビのレポーターは「何か困っていること、欲しい物はないですか? と訊くと、
皆さん『助けてくださって、ありがたい、ありがたい』としか言わない。
何度もしつこく伺って、ようやく具体的に欲しい物をおっしゃる」と言っていました。
避難所のお婆さんは、数日ぶりにようやく出された温かいご飯に、
「上げ膳据え膳(自分は料理せず座って食べるだけ)で申し訳ないです」と謝っていました。

大切な人を失ったり、家や仕事を失ったり、
今日明日食べる物や水も足りなかったり、
凍えるほど寒いのに暖房も照明もなかったり、
衛生状態も悪くて、眠れなくて、お腹が減ってて、疲れきっていても、
お爺さんも、お婆さんも、男性も、女性も、子ども達も、
「私だけじゃないから」「他の人も大変だから」と言って、黙って耐えている。

東北の人は、ほんとうに辛抱強い。

だけど、その映像を見ていると、心の内が痛いほど解って、胸が張り裂けそうになります。
どんな凄絶な津波の映像より、悲惨な瓦礫の映像より、
被災地の方達のインタビューを見ていると、つらくて涙が出てきます。
辛抱しすぎないで。我慢しすぎないで。

「東北の人は、○○だから」と紋切り型のステレオタイプで一括りに語るのは、
ナンセンスだし論理的じゃないし、私もあまり好きではありません。
「東北」にだって十人十色、いろいろな性格の人がいます。
未曾有の自然災害に直面したことで、まだ感情の整理がついていないのかもしれません。
冒頭に挙げた事例は、「東北人」の特徴というより日本人に共通の気質なのかもしれません。
被災地は東北だけでなく、関東地方など12都道県にも及びます。
それでも敢えて、ここでは「東北人の気質」として語らせてください。

東北の人は辛抱強い、我慢強い、とよく言われます。
寡黙、控えめ、自己主張しない、人見知り、表情が乏しい、閉鎖的、頑固、などの印象もありますね。
東北人の気質(掲示板インターエデュ・ドットコム)

これはやはり、厳しい自然の中で、天災に苦しめられながら育ってきた環境が大きい、
と、東北で生まれ育った私は感じています。

私の故郷は、今回の被災地とは違いますが、
夏暑く、冬寒い豪雪地帯です。
例えば、冷え込む冬の夜。翌朝の目覚ましを1時間早くセットします。
まだ真っ暗な冬の朝に、いつもより早起きして、朝食前に家族総出で1時間ほど雪かきをします。
雪かきをしないと、玄関から公道までの道が膝まで埋まっていて、車も人も出られないからです。
そうやって1時間の雪かきの後、学校へ登校して、夕方帰宅してみると。
今朝雪かきをした公道から家の玄関までが、また腿まで雪に埋まっています。
両親は共働きだったので、私は帰宅してすぐ、一人で黙々と雪かきをします。
当時私は大学受験を控えた受験生で、寸刻を惜しんで勉強したいところでしたが、雪かき優先です。
そうしないと、仕事から帰ってきた親の車が停められないから。
何度も何度も雪かきをして、また雪が降って。
そのいたちごっこが毎年冬の間、約4ヶ月間続きます。
雪の多い北日本の市町村では、毎年「除雪費」が億単位で消えていきます。
春になれば、文字通り「露と消えて」全て溶けてなくなる雪に、多額の税金を費やします。
それなら、溶けるまで放っておけばいい……というわけにはいきません。
道路が通れなくなったり、雪の重みで軋んで室内のドアが開かなくなったり、
最悪の場合、屋根が雪で押しつぶされてしまうかもしれません。

だけど、相手は自然ですから、怒りをぶつけても仕方がありません。
それに自分だけではなく、その地方で暮らす全員が避けられない困難です。
理不尽でも、徒労の繰り返しでも、「また雪か」とうんざりしながら、
黙々と雪かきをし続けます。
雪国に生きる人は、皆そうだと思います。

今回被災した太平洋沿岸部(特に宮城・福島)は、それほど雪が降らない地域です。
しかし、雪の代わりに「冷害」と「津波」が過去に繰り返し襲ってきました。
雪や寒さや津波など、人間の力ではどうすることもできない「自然災害」を相手に、
東北の人達は否が応にも「辛抱強く」「我慢強く」なることを強いられます。
自然に向かって不平不満を訴えても何の解決にもならないので、無言で耐えます。
(それは、北国だけでなく、台風が繰り返し襲ってくる地方でも同じかもしれないですね)
そしてその分、厳しい自然の中で生き抜くために、「地域の連帯」が増すのかもしれません。

例えば、私の故郷で「ありがとう」を意味する方言は、
「お恥ずかしい」が語源と言われており(諸説ありますが)、実際よく似た単語です。
他人に何かしていただくのは、お気を煩わせてしまい「お恥ずかしい」、ということです。
これはあくまで私の故郷の方言ですが(東北弁、といっても全く異文化なのでそれぞれ違います)
「感謝」というよりも「恐縮・遠慮」を相手に伝える。そういう文化です。

例えば、テレビで被災者の皆さんを見ていると、
「こわい」「ゆるぐない」という言葉を耳にします。
「疲れる」「大変だ」という意味の方言ですが、
ゆるぐない=緩くない、つまり容易ではない、という婉曲的な言葉で、
「疲れた」「つらい」「大変だ」と直截的に訴えかける言葉じゃないんですよね。
これもまた、「自分がつらい・疲れた・耐えきれない、と言えば、
同じ境遇を耐えている人達にわるい」という意識から派生した言葉なんじゃないかな、
と私なりに勝手に思っています。

有名な「雨ニモマケズ」
岩手県出身の宮沢賢治が、自分の手帳に書き留めていて死後発見されたメモですね。
冒頭の「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」の部分は有名ですが、
この詩を最後まで全部ご存知ですか?
本当は漢字交じりカタカナ書きの旧仮名遣いですが、わざと現代口語で書いてみます。

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体をもち
欲はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見聞きし解り そして忘れず
野原の松の林の陰の 小さな萓ぶきの小屋にいて
東に病気の子どもあれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行って怖がらなくてもいいと言い
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないから止めろと言い
旱(ひでり)の時は涙を流し 寒さの夏はオロオロ歩き
みんなにでくのぼうと呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい


あなたは、そういう人間になりたい、と思いますか?
自分の欲は求めず、質素に暮らし、感情も抑え、
他人のために東奔西走して助けるけど、「役立たず」と呼ばれて、褒められもせず、気に掛けられず。
他人に尽くしているのに、自分には何の得もない。
私は……俗物なので、とてもそんなふうにはなれそうにないですが、
「そういう者になれたらいいな」とは憧れます。
岩手には、この宮沢賢治のような考えの人が、多いような気もします。
昔テレビで見た、「県民性」をネタにした都道府県ランキング番組で、
「岩手県民は日本一お人よし」と実験付きで紹介していたことを思い出します。


でもね。
大声で泣いたり、激怒したりと、感情を表に出さないからといって、
悲しくないわけではないし、悔しくないわけではないのです。
「自分が悲しい、つらいと大袈裟に表現すると、同じ境遇の人にも影響する」
そういう心理が無意識に働いているんじゃないかと思います。
被災された方のインタビューをテレビで見ていると、
溢れる感情を自分の中に押し込めて、じっと耐えている、
その心中の慟哭が痛いほど伝わってきて、共感して、たまらなくなります。
その方のところに今すぐ行って、話を聞いて、抱きしめて差し上げたくなります。

都道府県別の自殺率の上位は、例年東北地方が多いのです。
他人に「つらい」「悲しい」「悔しい」と言わずに胸の中に封じ込めることで、
深く傷ついているんじゃないかと心配です。


今、日本中、世界中の人達が、被災地に向けてエールを送っていますよね。
「がんばれ!」と力強く言葉をかける方もいて、
なんとか励ましたい、という優しい思いが伝わってきます。
ほんとうにありがたいです。
だけど、恐らく被災地の方々は、感情を表に出さない分、
体も心もギリギリまで頑張って、頑張って、頑張りすぎてて、
もうこれ以上頑張れない限界まで頑張ってるんじゃないかな、と思うんです。

「『頑張って』と言わないで…」被災地からの悲痛な声。(Techinsight3月20日付)

私も自分で「頑張ります!」という言葉をよく使いますし、
あと一歩、力を振り絞ることで、さらに良い結果が得られる場合は、
「がんばれ!」という言葉は後押しになってとても効果的だと思います。

だけど、今の被災者の皆さんには、「頑張れ!」とは言えないです。
「頑張りすぎないで」「我慢しないで」「辛抱しないで」と言いたい。
つらい記憶を無理矢理に思い出して話す必要はありません。
けれど「他の人に悪いから」と言わずに、心の中に抱えている不安や要望は声にして吐き出してほしい。
そのほうが、心の傷が少しだけ癒える気がするので。

そして「頑張れ!」と、別の立場から励ますのではなくて、
「一緒にがんばりましょう」と、同じ位置に立って、手をとって励ましたいです。
東北人は「他の人も大変だから」と連帯意識が強いです。
それが逆境でも踏ん張って、前向きに生きる力にもなっているでしょう。
その反面、震災直後の一時期だけ、悲惨な映像に目が釘付けになっていたのに、
しばらく後にはすっかり忘れ去ってしまうのでは、
「自分達は見捨てられた」と希望を失ってしまうかもしれません。
「地震や津波のニュースは見ていると気が滅入るから」と他人事として遮断しないでください。
長期に渡って、被災地の復興を応援し、協力していきたいと思っています。

「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。
きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。
どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」

          宮沢賢治「銀河鉄道の夜」
関連記事

コメント

待つこと

3月24日出発で仙台市、名取市へ炊き出しに行ってきました。3月23日発売の大きく振りかぶって16巻を購入し、読むことを我慢して読むことを自分へのご褒美にして。

3月25日から28日まで4日間。一日2ヶ所をまわり、1ヶ所200食から300食の長崎ちゃんぽんを提供。なかには1000食を超える場所もありました。仙台は滞在していた毎日余震でゆれました。
ちゃんぽんを作るのは時間がかかるのに並んでくれました。ときには一時間以上も待っているのに、文句ひとつもいわず涙を流して感謝されました。寒い中待たせてしまって申し訳ないのはこちら側なのに。待っていて誰もイライラしていない。作る側は早く出さなきゃとイライラしてしまって。
首都圏では、待たせるとクレームにつながるため商品提供を焦ってしまう。お客様がピリピリしていて、伝染してスタッフまでピリピリしている。その気持ちのまま仙台や名取で炊き出しをしていたら、みなさん、ピリピリしていない。早く出そうとピリピリしている自分たちが恥ずかしくなってしまうほど。待つことは誰でも嫌なもの。待たせる側も気分の良いものではない。都会で暮らしている人々は日ごろのストレスでギスギスするのだろうか。ギスギスした都会の常識を仙台、名取に持ち込んで恥ずかしかった。早く出すことに夢中になるあまり、笑顔が消えていた。あたたかいおいしい商品を提供して喜んでもらいたいのに、待たせていることを気にするあまり、大切な笑顔を忘れていることに気づかせてくれた。
「東北魂」偉大だ。

仙台市若林区でも炊き出しをした。七郷中学校と若林体育館。
印象的だったのは仙台東部有料道路という自動車専用道路が盛り土されて一般道より高い位置を走っている。その道路が土手の役割を果たしていて、有料道路を挟んで海側と山側は景色がまるっきり違っていた。海側は町が呑み込まれてなにもない。山側は普通の町並み。あまりの落差に驚いてしまった。

サンドウィッチマンのブログを読んでいる。サンドウィッチマンのオールナイトニッポンも聴いた。
東北魂は偉大だ

2011/03/29 (Tue) 04:16 | ひでじん | 編集 | 返信

ひでじん様、ありがとうございます!!

まずは、心からお礼を言わせてください!
被災地に自ら赴き、4日間もの間、私達のために長崎ちゃんぽんを炊き出ししてくださって、
どうもありがとうございました!!
感激して涙があふれました。

私の親族縁者は今、被災地におりませんので、「私達」という言い方はおかしいですが、
感謝の思いでいっぱいです。いくらお礼の言葉を尽くしても足りません。
現地に入るには(ボランティアの方も含め)、
ご自分達の食糧・ガソリン・寝床など、自力で調達・準備しなければならないと聞いております。
私などは「被災者のために」とただ口で言うばかりです。
実際に行動に移して現地入りするのは、困難やご苦労がたくさんあったことと拝察します。
ほんとうにほんとうに、ありがとうございました!

被災地の方々が、寒い中で1時間以上待たされたとしても、
文句ひとつ言わず、涙を流して感謝の言葉を言っていたのは、
「早く出して、食べさせてあげたい」というお気持ちが伝わっていたからだと思います。
自分達のために、わざわざ被災地までやってきてくれて、
慣れない寒さの中、無償でちゃんぽんを懸命に作ってくれている。
そのお気持ちと行動力が、とてもありがたかったのではないでしょうか?

私もテレビで、ラーメンの炊き出しをされている方達を見ました。
並んでいた被災地の方達は
「救援物資ではおにぎりやパンが多く、ラーメンはずっと食べていなかった。とても嬉しい。美味しい」
とみんな笑顔で喜んでいました。
ひでじん様の長崎ちゃんぽん炊き出しの列に並んでいた皆さんも、
きっと同じように「温かい美味しい麺類が食べられる」
「(東北では)珍しい長崎ちゃんぽんが食べられる」と
寒さも待ち時間も苦にならないほど、とても嬉しかったのではないかと想像します。
なによりも、自分達のために炊き出しをしてくださる、そのお気持ちが。

>仙台東部有料道路
あの道路がなかったら、もっと内陸側まで津波が押し寄せていたでしょうね…。
仙台東部道路も、津波が一部超えていましたし、
特に名取川沿岸部分はもっと上流まで津波が到達していたようですが。
名取川を逆流する津波をNHKでリアルタイムに見たので、非常にショックでした……。
まさかあんなところまで津波が来るとは……。

>サンドウィッチマン
彼らの意志と行動にはほんとうに頭が下がります!
私もブログを読んで勇気づけられています。

「東北魂」には長所だけでなく、同時に短所もあって、
それが「被災地外へ一時避難する」行動を妨げている気もします…。
けれど、復興するための「忍耐力」「努力」は誰よりも強いと思うので、
美しく穏やかな三陸海岸が必ず戻ると信じています!

最後にもう一度お礼を。
炊き出しに赴いていただき、ほんとうにありがとうございました!!

2011/03/29 (Tue) 14:18 | 杏月 | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。