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2010_10
13
(Wed)23:59

エスペランサ

2010-10-13lilies.jpg


チリ鉱山の落盤事故から69日経った今日、ついに救出作業が始まりました!

33名の最初の一人が、「フェニックス」という名の救出カプセルに乗って
地下約700mから引き上げられ、姿を現した時、
地上で待つ7歳の息子さんの泣き顔を見て、私も盛大にもらい泣きしてしまいました。

テレビの情報番組やニュースをザッピングしまくって、
PCでリアルタイム動画を見て、
ネット記事を漁りまくりながら、
救出の様子を見守っています。
……ヤバイ、あと3日で書かなきゃいけないものがあるのに……全然手につかないorzorz

この報道を目にしながら、災害環境下でのリーダーシップ、チームワーク、
人類の英知、技術、勇気……いろいろ考えさせられました。
なかでも特に、人々の心理面が気になりました。
気温30~35℃、湿度90%の地下閉鎖空間で、
69日間も厳しい隔離生活を強いられていた間、各人はどのような心理状態だったのか。
また、その精神的に抑圧された環境下で、33名で過ごす集団心理はどうなっていたのか。
地下に閉じ込められた作業員の皆さんだけでなく、
地上で待つ家族の皆さん、救助に当たる皆さん、チリの国民の皆さんはどういう心理だったのか。
そして、ニュースを注視する世界中の人々はどんな思いだったのか。

近頃私は、ニュースを見て気持ちの沈むことが多々あります。
母親が実の子を虐待死させたとか、親を殺したとか、無関係な人を通り魔が襲ったとか、
陰惨で悪意に満ちたネガティブなニュースが多くて。
「自分がそうされたらどう思うだろう?」という想像力というか、
他人への思いやりに欠如した事件が溢れているように感じます。
マイナスなニュースを見聞きすることで、私自身も眉を顰め、気分も少し暗くなって、
心がネガティブに引きずられてしまうような気がしています。

ならば、そういった情報に一切触れないようにすればいいのかもしれないのですが。
でも完全に無関心でもいられない、いつ我が身に振りかかるかもしれない、
という漠然とした不安感から、ついつい詳細を知ろうとしてしまうのでしょうか。
150年程前だったら、自分の周辺数十km四方のことしか情報が入らなかっただろうに、
何百kmも離れた場所や、まったく見知らぬ人が巻き込まれた事件に心を痛め、憂鬱になる。
これも高度情報化社会の功罪の一つといえるかもしれませんね……。

人間の生来的本性は「性善説」なのか「性悪説」なのか、
私にはむずかしすぎて答えの出せない問いですが、
どちらの見解でも結局は「人は善行も悪行も行いうる」ということです。
先天的に備えたものか、それとも後天的に習得したものか、どちらかは分からないけれど、
できるだけみんなが「善意」の言葉や行動で暮らしていければ、平和で幸せだろうなあ、
などと霞を食らう理想論者のような希望的観測を、時々思ったりするのです。

今回のチリ落盤事故救出作戦のニュースは、
世界の様々な国から励ましの言葉や救援物資が送られ、NASAや様々な企業が協力して、
(多少の政治的・経済的思惑はあったにせよ)
世界中が救出作業を固唾を飲んで見守り、成功に喜んでいたのではないかと思います。
ただただ「地下に閉じ込められた作業員達が、全員無事に生還するように」と。

「エスペランサ」という単語がニュースで度々出てきました。
救出を待つ作業員の家族達が現場近くに作ったテント村「エスペランサ」、
そして、地下に閉じ込められている作業員に生まれた赤ちゃんの名前「エスペランサ」。
「エスペランサ(Esperanza)」とは、スペイン語で「希望」のことです。

ふと、ギリシア神話の「パンドラの箱」を思い出しました。
全知全能の神ゼウスから「決して開けてはいけない」と渡された禁断の箱を、
人間の女パンドラが好奇心に負けて開けてしまったことで、
箱の中から疫病、悲嘆、貧困、犯罪などなど、ありとあらゆる悪が飛び出して世界中に蔓延した。
パンドラが慌てて閉めた箱の中に残った、最後の1つ。
これのお陰で、人間は「希望」をもって生きられるようになった。

今回の救出成功は、世界中に「エスペランサ」を与えてくれたと思いました。
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