おおきく振りかぶって15巻感想(2)
ちなみに、前編はこちら→おおきく振りかぶって15巻感想(1)
この15巻の収録内容については、
約2年前の月刊アフタヌーン発売当時に、詳細な感想を書いていますので、
よろしければ下記をご覧ください。
・アフタ08年5月号(1)
・アフタ08年5月号(2)
・アフタ08年6月号(1)
・アフタ08年6月号(2)
・アフタ08年7月号
・アフタ08年8月号(1)
・アフタ08年8月号(2)
※野球大好き! な野球素人の腐女子によるネタバレ感想です。
腐った妄想を含みますので、原作を純粋にお好きな方はご不快になる恐れがあります。ご注意ください。
胸を抉る痛みを伴うリアリティある心理ドラマを描きたいんだろうな、と感じます。
むしろ後者の方がひぐち先生の本領発揮、十八番なのかも。
大学で心理学を学ばれたというご本人の学歴、あるいは
過去の作品「ヤサシイワタシ」
「おおきく振りかぶって」はその心理ドラマを、野球という題材で一般向けに上手く包んでいるというか、
ドロッと濃い原酒を、甘い柑橘ジュースで割って、口当たり良く飲みやすくしてる感じw
15巻には興味深い心理ドラマがいろいろあったので、感想後編はそれらを中心に。
ガラにもなく、今回はちょっぴりマジメ?(笑)
●倉田くん
和さんが呂佳さんに対して無意識に抱いていたシンパシーと怒り、
最後の夏が不完全燃焼で終わってしまったことへの行き場のない苛立ち、
それらを全部ひっくるめて
「だけどこんなの、一生引きずる傷じゃない」と言い切れた和さんの強さについては、
本誌感想でも考察しましたが。
美丞大狭山の3名の抱えた心の傷は深くって、
単行本を読んで、またいろいろ考えさせられました。
「前の事故2人は、そろそろグラウンド復帰するそうですよ」という呂佳さんの言葉を聞いて、
岳史くん、目元赤くして泣きそうな程ホッとした顔してたな……。
岳史くんは勇気を振り絞って、
「もう一生ボールに触りません」「オレに免じて下のヤツにはやらせないで」
と申し出たけれど、呂佳さんはあっけにとられた顔で、
「なんだそれ。お前に、そんな価値……」
このセリフに「ロカは血も涙もない人でなしだ」と憤る人も多いかとは思いますが、
私は岳史くんの”切り札”のセリフに、なんとも切なくなりました。
十代の少年ならではの”幼児的万能感”というか、
自分は特別な存在だ、と錯覚している幼い自己認識が垣間見れて。
変な例えになりますが、とある国の首脳が誘拐・監禁されたとして、
「身代りに人質になるから首脳を解放しなさい」と私が言ってみたところで、
そんな交換条件を飲む犯人などいません。
他者から見ても同等以上の価値ある人間でなければ、
「オレに免じて」という免罪符は通らない。
「お前にそれ程の価値はない」と他者に評価されて、自己価値を叩き壊されるなんてのは、
大人になるにつれ何度も味わう挫折です。
だけど社会の厳しさをまだ知らない子どもだからこそ、
無限の可能性を秘めた、唯一無二の自分には価値があると、
「一生ボールに触らないからオレに免じて」と言えば呂佳コーチが改心してくれると、
岳史くんが疑いもなく思い込んでいたのが、なんとも痛々しい。
初めて自己価値を否定されて、どんな気持ちだっただろう……。
ひぐち先生はこういう感情を描写するのが、つくづくお上手だなぁ。
「なんだそれ。お前に、そんな価値……」って、非情極まりないセリフですが、
サイトにこのような趣旨の考察コメントを頂戴したことがありました。
「『お前にそんな価値……』というセリフは、そのまま呂佳さん自身にも跳ね返ってきますよね」
ああ、ほんとうにそうだなぁ、と深く頷きました。
”一生ボールに触らないから、とお前なんかが言ったって、
それは単にお前個人の感傷で、なんの説得力も影響力もない”
と呂佳さんが岳史くんに言った言葉は、同時に自分自身にも跳ね返って、
”呂佳さんが2年前の初戦敗退でどれだけショック受けてトラウマになってたって、
それは単に呂佳さん個人の感傷で、高校球児を巻き込んで共犯者にする権利なんてない。
そんな価値は呂佳さんにはない”んですよね。
●タキロカ萌え
滝井さんと呂佳さんの昼メロ愛憎関係がいかにえろえろしいか、
本誌感想はもとより、たびたび声高に「萌えー!」と叫んでまいりました。
「オレ達は桐青高校に入り甲子園へ行く」という叶わなかった夢に囚われて、
二人ともお互いに、たとえ憎んでも愛着も強すぎて離れられない、という印象です。
>もし万が一、アベミハの関係がネガな方向に傾いたらこんな感じになりそう
と、精神依存度・執着度に類似性を感じたりもしました。
(関係性がよりよい方向へ変わってきているアベミハは、滝ロカのようにはなるまい、と今では思いますが)
呂佳さんは、初戦負けした2年前に、思いっきり泣くべきだった。
私はそう思います。
そこで散々泣き叫んで、心底悔やんで悲しんで、吹っ切って立ち直っていれば、
2年経った今でも、心の傷口からダラダラ血を流し続けることはなかったろうし、
一生懸命な高校球児(岳史くん)を巻き込んで傷つけずに済んだろうに。
でも、呂佳さんは泣くことができなかった。
泣けないくらい重いものを背負っていたので。
1つは、自分のエラー(恐らく)で初戦逆転負けしたから。
もう1つは、高校2年間目指してきた”滝井との約束”を破ったから。
強豪校・桐青が初戦敗退、という結果はそれだけでも選手(特に3年生)にとってショックな事実です。
和さんほどの人でも、そのショックに打ちひしがれる程に。
呂佳さんの場合は、和さんよりさらに輪を掛けて”自分のせい”なのだから、
敗戦に対する自責の念や呆然自失は、涙も出ない程大きかったことでしょう。
くわえて、滝井さんと交わした「3年の夏大で勝負しよう」という約束。
高校2年間ずっと、それを目標として日々の練習に励んでいたはずです。
それが、自分のせいで果たせなかった。
自分より桐青高校に行きたかった滝井。自分がいるから桐青高校に来なかった滝井。
滝井さんに対する負い目が、呂佳さんの心の重荷=「借り」をさらに重くしてしまった。
呂佳さんは、真面目すぎて責任感が強すぎたのかもしれないですね……。
泣くべきだった感情を開放できずに抑圧してしまったことで、
心の生傷を癒せぬまま、今でも悪夢にうなされている。
そして「負けるくらいならラフプレーも厭わない」という極端な勝利至上主義に走ってしまった。
そして滝井さんも呂佳さんも、お互い相手に対して、
親愛と憎しみを綯い交ぜに抱えているように見えます。
滝井さんは「1人で活躍するロカなんか絶対見たくなくて」美丞へ行った。
中3で肩を故障して未来予想図が完全に崩壊した当時は、
2年前の呂佳さんや今の和さんと同じかそれ以上に、精神的どん底にあったはず。
野球ができる呂佳さんに対する嫉妬もあったでしょう。
でも、美丞でマネージャーとして野球に関わることで、心の傷は少しずつ治癒されていった。
3年の夏大直後、故障してもいないのに「もう野球やりたくねェし」と弱音を吐く呂佳さんに一瞬憤りを感じて、
「ズルイコト」言って美丞のコーチに誘い、自分に縛りつけた。
かたや呂佳さんは「これは義務だと」無理して見に行った試合で「滝井が負けてホッとした」。
呂佳さんにとって滝井さんは仲の良い親友でもあるけれど、
同時に、「お前は桐青で野球やったんじゃねーか!」と最も言って欲しくなかった脅し文句で
見るのも嫌なくらいトラウマになった野球に無理矢理引き留めている、
いわばストレス源でもあるんですよ。
だから、岳史くんに「監督に話します」と言われても、
呂佳さんは慌てることもなく「言いたきゃどーぞ」と。
岳史の告発で滝井が激怒したり失望したりして、自分を遠ざけるならそれでいい、と。
呂佳さんは、好きだけど憎い野球と滝井さんに、無意識に復讐しているような気がします。
滝井さんと呂佳さん萌え~wwと常日頃から喚いている私なので、
こんなご意見をいくつか戴いたこともあります。
「二人がお好きなようですが、呂佳さんが野放しのままでは、私はどうしても納得できないのです……」
「千代ちゃんの恋愛は許せないのに、タキロカが勝手な都合を押しつけるのは許せるなんて、面白い脳味噌してますねあんた」
(↑そんなことないですよ~^^;。千代ちゃんの恋愛もアリだと思いますw)
そんなタキロカ萌えの私が今後の展開に望んでいることは、
呂佳さんには、なんらかの罰か報いを受けて欲しい。
滝井さんにも、己の指導力不足をおおいに反省して欲しい。
その巻き添えになって美丞ナイン達がつらい思いをするのはとてもとても悲しいので、
できることなら子ども達に影響が及ばない方向でここは一つなんとか……と思ったりもしますが。
呂佳さんのやったことがキッチリと糾弾されて、
今までの自分の考え方は間違いだったと、野球を裏切るような行為はもうしないと、
悔い改めて、前向きにやり直していく姿ができれば見たいです。
現実社会はそんなに”優しく”ないので、
悪いことをした人が必ず断罪され、改心のチャンスに恵まれる、なんてそんなウマくはいかないですが。
せめて漫画の中では、信賞必罰であって欲しい、と思います。
呂佳さんも滝井さんも、岳史くん達より「2コ上なだけの、ふつーの人間」なんですよね。
弱くって、他人を巻き込むズルさをもった、ふつーの人間。
過去のトラウマで間違った方向に行ってしまった弱い大人達(呂佳さん、滝井さん)や、
心に傷を負った高校球児達(敗戦を引きずる和さん、不正に手を染めた岳史くん)が、
なにかしら救われる展開になるといいなぁ。
それが現実社会の読者にとってもカタルシスになるといいなぁ。と思っています。
……だけどあれから2年経つけれど、美丞がどうなったか原作にまったく登場しないですね(汗)。
もうこれで美丞サイドのお話はおしまい? ……ってことはないと思うんだけど。
それにしても。
滝井さんが髪伸ばしてる理由って「願カケ」には違いないけど、
ベスト8のため?→「バッカちげーよ」
ロカにコーチ辞めさせて美丞大の野球部に入れて「そしたら髪切ろ」
つまり、2年間髪伸ばしてる=呂佳さん束縛の願カケ、ってことっすよね……?
「最近のロカの物欲しそうなカオッたらよォ」のエロゼリフといい、
ひぃい~! やっぱり滝井さん、恐 ろ し い 子……!!
●西浦の目標設定
単行本で改めて通して読んだ印象は……
全員たった一晩ですんなりと「甲子園優勝」という高い目標に変えたなぁ。
まだ目標がバラバラだった時は、本誌感想で私こんなこと書いてたんですが。
>チームで目標を統一したとして、
>「そこまでは目指していない、ついていけない」あるいは
>「それじゃあ物足りない、歯痒い」と、もし感じたならば、
>その部員は辞めていくしかないんだと思います。
>実際、リアルではそういうもんですよね。
西浦は素直なエエ子達やなぁ。
西浦ナイン各自が目標を変えた理由は、この2つでしょうか。
・あの三橋が「甲子園優勝」を目標にしたから。
・モモカンが言った「私は全部勝ちたいよ。でも野球するのはあなた達」
「高校野球生活はあと丸2年! この2年をどう過ごすのか、よく考えてきて」という言葉。
「子供の頃からの夢」ではなく、今後2年間を過ごしていく上での「目標」と考えた時に、
「甲子園優勝を目指したい!」と一人ひとりが思えた、ってことですよね。
水谷くんが言った通り、「練習キツソー(体力心配)」「目標でかすぎて逃げてー(できっこねーじゃん)」
とも思うけれど、三橋ですら優勝を掲げるんだから「オレだってやるだけやんなきゃ」。
あるいは花井くんのように「目標は自分がそこへ向かっていくって約束」で、
「自分の可能性、めいっぱいまで使ってみたいなら、目標はでかすぎないとだめだ!」と。
自分に自信のない凡人の私は、本誌を読んだ当時、
>同じレベル、同じ視点、同じ目標を天才に求められれば、
>躊躇して二の足を踏んでしまう仲間の気持ち、わかります。
と、「甲子園出場」派の躊躇に共感していました。
だけど、現在(2010年6月)行われているサッカーワールドカップを見ていて、
「目標はでかすぎないとだめだ!」という言葉の意味を実感しました。(時事ネタw)
日本代表の岡田監督は「ベスト4」と高い目標を掲げ、大会前は批判を浴びましたが、
決勝トーナメント(ベスト16)まで進んでいます。
8年前の日韓W杯で日本が史上初めてベスト16になった時は、
当時のトルシエ監督が「ここから先はボーナスだ」と選手達をねぎらったとか。
日本代表チームも、日本社会全体も、初の快挙の達成感に浸ってしまい、
絶対に勝つ! という勝利への渇望を失くしてしまったのかもしれません。
でも今回はベスト16となっても「我々の目標はここではない」と言って、
もっと先の高い目標を目指し、勝利に貪欲になっている。
「僕自身はベスト4ではなくて、優勝を目指してもいいと思う」と言いきった本田圭佑選手。
”謙遜は美徳”と普段思いがちな私ですが、勝負の世界に生きるのならば、
自分の可能性、めいっぱいまで使うために、でかすぎる目標が必要なのかも。
2009年末の岡田監督講演会の記事が、とても興味深かったです。
それから、モモカンが「今日から、西浦の目標は○○にするよ!」
と目標をトップダウンで押し付けたりせずに、
西浦ナイン自分自身に考えさせたのはさすがだな、上手いなと思います。
本誌感想にも書きましたが、
>多数決じゃダメなんです。
>一人一人、自分の中で覚悟して、決心しないと。
>いくら能力や才能があっても、本人がやりたいと思わなければ、本気になっていなければ、
>誰かから押しつけられた目標やノルマは、苦痛になるだけでしょう。
同様に、なぜ甲子園優勝と書いたのかを、
三橋くんが口に出して上手く説明できなかったことも、今となっては良かったと思います。
本誌を読んでいた当時は、ああ三橋くんが今考えているコト言ってくれたら、
今すぐ全員で目標統一できそうなのに! と歯痒く感じていましたが。
話し合い中、みんなは(三橋がなんかうまくしゃべってくれたら)と心の中で思っていました。
つまり、田島くんの掲げた「全国制は」という目標に尻ごみしながらも、
できるなら、その高い目標を自分も掲げたい、
今自分の中で踏ん切りがつかないその不安を、三橋の言葉で解消して(納得させて)もらいたい、
と無意識に期待していたんだと思うんですよ。
もし三橋くんが、
(オレは、このチームでどうなりたいか…って、ずっと、勝って、ずっと一緒に、最後まで…って)
と口に出して言っていたら、みんな「ああ、そうだ、その通りだ」と簡単に納得してしまったかも。
だけどその理由を聞けなかったことで、
その夜、西浦ナインそれぞれが、自分の頭の中で、自分の言葉で、目標をどうするか真剣に考えられた。
自分で考え抜いて、自分で覚悟した目標だからこそ、価値があるんだと思います。
……ホントに真剣に悩み抜いたのか甚だ疑問な姿を曝していたヒトもいましたが(笑)。
とりあえず、アフタヌーンで
>ソファでべろーんと寝そべってテレビ見てる、小学生の悪戯書きみたいな絵の奴
に心奪われた私としては、単行本化でちょっぴり加筆修正されたものの、
相変わらず口半開きのハニワ顔で描かれてて、すっげ嬉しかったっす(*^-^*)!!
最後に。
「田島君を独りにしないであげてね、キャプテンッ」
「あなたたち2人(阿部と三橋)でみんなの朝食を作ってちょうだい」
アベミハ・ハナタジ囲い込み作戦をイケイケドンドンで進めてくださる
我らが同志・モモカン姐さんに最敬礼!!(ビシッ!)
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