2010_01
30
(Sat)23:59

心は貴族

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今夜は友人のライブを見てきました。
とっても素晴らしいステージでした! 幸せな時間を過ごせました。


ところで、唐突にまっったく話は変わりますが。
ネットの海をウロウロしていたら、こんな記事を見つけました。
花を見に行くことは楽しいのだろうか(@niftyデイリーポータルZ 2009年1月23日付)

毎年春になると「どこそこで、なんとかの花が咲いた」とニュースになるけれど、花は毎年咲いてる。
花を見に行くとはどういうことなんだろう?
てな主旨で、おじさん3人で伊豆に菜の花を見に行く、というお遊び企画のレポです。
こういうユルイ企画に大真面目に取り組んで面白おかしく書いている文章が好きなので、
微かに笑みを浮かべながら、軽~い気持ちで頭も使わずに読んでいました。
が、その中の一文にドキッとしました。

僕ら以外にもぽつぽつと中高年の観光客が訪れていた。
僕らははしゃいでるフリをしながら記事にするという目的があるが、あの人たちは純粋に見に来たのだ。
写真に撮ったりブログに書いたりしない。目で楽しむだけ。
生産性の呪縛から放たれている。
貴族を見た思いである。


これは……耳が痛い。
なるほど、そういう視点で見ると、さしずめ私は大貧民だな。

私は空を見るのが好きです。
刻々と変わる雲の形や色の変化や、日ごと移ろう月の表情を見るのが。
花や自然を見るのも好きです。
美味しい食べ物も大好きです。
なので、気に入った風景や食べ物を、すぐに写真に収められるよう、
バッグの中には常にデジカメを常備しています。
被写体に向けてカメラを構えながら
「この写真をどうブログに載せるか?」「どんな構図で撮ったらブログに合うか?」「この写真に関連してどんな話題でブログを書くか?」
と考えています。

私は漫画が好きです。野球も。旅行も。お酒も。歌も。映画も。好きなものはた~くさんあります。
なにより、文字を読むのが好きです。
好きなこと、気になることをもっと知りたくて、毎日パソコンで雑多な内容を検索して調べています。
パソコンに向かっている時間のほとんどをその検索作業に浪費していると言っても過言ではないかも。
自ら好きなものを見たり聞いたりやったり調べたりしながら、
「これはブログのネタになりそうだ」「このネタをどんなふうにブログに書こうか?」
と考えています。
あるいは、もっと困ったことに
「これはSSのネタにならないか?」「SSを書く際、このエピソードをどう盛り込もうか?」
と考えることもあります。

見たり、聞いたり、出かけたり、写真を撮ったり。私のプライベートな日常のほとんど全てが、
「ブログやSSのネタになるか?」「どう書いて表現しようか?」と頭の片隅で考えながら行われています。
書いて誰かに見せることでお給料もらって生きているプロでもないのに、ね。
ただ、自分が好きなことなのに。
ただ、自分自身を楽しませるためにやっているはずなのに。
「書いて誰かに見せよう」という下心=生産性の呪縛が、
それらの行為を「書くためのネタ探し」という、ガツガツとさもしい情報収集にしてしまっています。
その結果、「自身が純粋に楽しむ」という心の贅沢を失い、ノルマと化してしまった気がします。

以前、ちょっとした心理テストをやった時に、
>虫の声・鳥のさえずり・風・川・滝の音などを耳にしたとき、
>何をしゃべっているのかとか、何か意味があるのかなどと、左脳的にとらえてはいないでしょうか?
>「誰の何ていう曲?」「意味は?」などと頭で考えたりせず、心で鑑賞することが大事!

と結果に出たことがありましたが、まさしくその通り。
目や耳からインプットされた物事を、
「どう文字で書いて表現するか?」とアウトプットする技法を考えてしまいます。

この傾向は「自分を表現する手段としたいもの、けれど満足にできないもの」について、特に顕著なようです。
その表現手段の1つは、エセ小説。
自分が感じたこと、考えたことを、SSの形を通して表現したい。
でも、自分が書きたいものを書きたいように表現できていないことは、自分が一番解っている。
なので、他の作家様の書かれた素敵なSSを拝読すると、ガツン! と打ちのめされることが間々あります。
「ああ、私もこのテーマで書きたいと思っていた……!」とか
「この構成(あるいは、この文章表現)は上手いなぁ……!」とか。
サイトを開く前は、同人作品の一読者として、思うがままに好きなだけ読んで楽しんでいました。
それがエセ小説を書くようになってから、同人作品はあまり読まなく(読めなく)なってしまいました……。
拝見すると影響を受けて、その人のパクリになってしまうんじゃないかと心配で。
パクるつもりなど毛頭ないですが、他の読者様から見て、万が一そう思われるのは絶対嫌なので。
(過去に「パクリ乙」と言われたトラウマが根深く残ってるみたいです^^;)

もう1つの表現手段は、歌うこと。
歌うのが好きです。もっと上手くなりたいと願っています。
でも実力不足(つまり下手)の自覚はあります。
なので、女声の歌を聞くと、歌の内容そのものより歌い方に気をとられてしまいます。

今日のライブの友人は、私の敬愛する歌い手であると同時に、昔短期間ながら私のヴォイストレーナーでもあった人。
今回は「純粋に花を目で楽しむだけの、精神的な貴族達」のエピソードを胸に、
歌唱の表現技法はできるだけ気にせず、音楽を楽しもう! とライブに臨みました。
でもやっぱり半分しかできていなかった……orz
ライブ全体を楽しみ、歌そのものを楽しんだのは間違いないけれど、
「高音の張り方が上手いなぁ」「鼻腔を使った共鳴のテクニックはさすが!」「ピッチがブレないなぁ」「この音は頭蓋骨のどこに当てて響かせてるのかな?」
と中途半端な曖昧知識で小賢しく考えてたり。
「冒頭のライティングが良かった」「ベースの音響バランスが少し…」「3曲目の演出がいいカンジ」
など、ライブ終了後にアンケートに書くための感想を思い浮かべていたり。
なんて興ざめな女……orz
理屈とかテクニックとか全部忘れて、幼子のように純粋に音を楽しめればいいのに……。

自身が、ただ楽しむ。
自分の心を豊かにするためだけに。
「心は貴族」、そういうものに私はなりたい(苦笑)。
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